イタリアのおいしい話 #24

「 イタリア式 朝ご飯って...」 



 すっかり秋めいて空気が冷たくひきしまってくると、起きがけの1杯の コーヒーが本当においしく感じられます。うちでコーヒーと言えば、たいていはエスプレッソ。

 「エスプレッソ」というイタリア語には”特急の”とか”速達の”など の意味があって、その名の通り、エスプレッソマシンで高圧力の蒸気をコー ヒーの粉の中を一気に通し、素早くエキスを抽出します。こうして上手に入れたコーヒーは香りとこくが豊かで、どんないれ方をしたコーヒーより本来の味わいが感じられておいしい、と実感しています。

 ただイタリアと言えども、リストランテやバール(カフェ)でないと、 エスプレッソマシンを台所に置いてある家庭は少ないのです。たいていは、 ”モカ”と愛称で呼ばれる簡易式のカッフェティエーラ。この器具の使い方は、上部をはずして真ん中にあるバスケット部分に粉を入れ、下部にあ るネジのところまでを目安に水を入れ、蒸気が漏れないようしっかり閉めてから直火にかけます。すると沸騰した水が中央のコーヒーを通り、上部 に上がってたまるという訳。

 ホームステイ先の朝ご飯は、判で押したようにエスプレッソとパンまた はクッキー。朝起きてキッチンに行くと、このモカがガス火の上でシュッシュッと勢い良く湯気を立てています。傍らのガス火には牛乳が小鍋に入って温められていて、エスプレッソとこの牛乳を各自好みの割合でカップの上で合わせ、カッフェ・エ・ラッテ(フランス語のカフェオレ)にするのが一般的。  

そしてたいていはクッキーを2、3枚つまみます。もしかすると素っ気 ないパンが何枚か、並んでいるかもしれません。アグリツーリズモ(農家 を民宿にしたもの)では、マンマ自慢の手作りのジャムなどが並んでいたりもしますが、ほかほかに温かいゆで卵もハムもなく、新鮮な野菜サラダ もないのがイタリアの朝ご飯。

   2つ星、3つ星あたりのリーズナブルかつイタリア式伝統的なホテルの 朝食もほぼ同じで、コーヒーとパン、クッキーの組み合わせ。ちょっと気 のきいたところでは、甘いペストリーやバター、ジャム、はちみつ入りの小さな容器などもついてくるかもしれません。

 4つ星、5つ星のクラスのリッチなホテルになると、甘くないパンのほ かペストリーなど何種類ものパン、カリカリベーコンや、薄くスライスさ れたハム、ソーセージ類、スクランブルエッグ、ゆで卵、オムレツといった卵料理、ヨーグルト、フルーツ、焼き菓子までビュッフェ・スタイルで ずらりと並び、これらをお腹いっぱい食べると、もうお昼は要らないかし らん、と思うほど。ただしこれはアメリカンスタイル。イタリアの伝統的 流儀ではありません。

 勤め人は、家では朝食を取らず、仕事場近くのいきつけのバールでエス プレッソとコルネットやブリオッシュなど甘いパン類をひとつ、という人も多く、普通は立ったままで時間にしたらせいぜい5分くらい。たったこ れだけですが、起きがけの脳に必要とされる糖分は、甘いパンとエスプレッ ソにスプーン2杯もいれる砂糖で充分に摂れているので、まぁ、理にはか なっているのでしょう。

 カウンターの下にある棒に片足をひょいとかけ、ひと口で飲み干せるエ スプレッソを1杯、無言のままカッとのどに流し込む姿はどこか潔く良くてカッコよいもの。通勤時間帯にバールに入って、彼らの暮らしのリズム に這いり込んで真似してみると、なんだかミラノあたりのバリバリのキャ リアウーマンになったみたいでうれしかったりもするのです。

 朝のバールではカップチーノも定番。カップチーノはカッフェに泡立て たミルクを加えたもので、これを飲むとなんだかふんわり幸せな気分にな る私。ちなみにカップチーノはイタリアでは午前中の飲みものです。また ディナーの後にこれを注文するのはマナー違反とされています。

 なぜって。牛乳入りのカップチーノが飲みたいということは、今食べた 食事がもの足りなかった、という失礼な意味になるから。 ミラノで2か月近くお世話になったA夫妻宅。友達の友達、というご縁 で紹介されたこの家はサンタンブロージュというミラノ屈指の高級住宅街 にあり、スポーツ用品の輸出入会社を経営しているリッチなファミリー。

 ここならいつもの朝ご飯とは違うかも、という密かな期待は裏切られ、 ビスケットに分類したくなるような質素なクッキーが、エスプレッソとと もに毎朝並びました。イタリアの朝ご飯って、決して節約している訳では なく、習慣なんですね。

 あんなにおいしいものにエネルギーを注ぐイタリア人がなぜ朝飯にこれ ほど冷淡なのか……、一度じっくり聞いてみたいものとつねづね思っていた私ですが、ある時ある本で「イタリア人は1日に2回のご飯」という表現を目にして、目からウロコ。今までの恨みつらみが一気に氷解したと言っ たらオーバーでしょうか。ストンと腑に落ちたのでした。  そう言えば、この夏滞在していた家のアントネッラも「朝はほとんど何 も食べないわ。夜きちんと食べるから」と言っていましたっけ。



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